歴史

仁徳天皇がどんな人かが明らかに!!民から絶大な信頼を勝ち得た天皇

今回は面積が世界のお墓の中で1番である仁徳天皇のことについて見ていきたいと思います!!
私自身こんなに国土が狭い日本にあるお墓が面積で”世界一”だなんて知りませんでした。
皆さんも日本のことを知らない日本人にならないためにも一緒に「なんでそんな大きいお墓を作るに至ったのか?」を見ていきましょう!!

 

信念が民からの信頼を得る要因

仁徳天皇には信念があります!!
それが民は国の基だ!その民が富んでいるなら朕も富んでいることになる。

この信念のもと、仁徳天皇は夕飯時に食べ物がなくお米を炊くことすらできない民の姿をみて民のために何かできないものかと考えました。その政策が3年間の課税の免除と労役の停止というものでした。

仁徳天皇も自ら倹約に励み、宮殿の修繕や服の新調もせず過ごされました。3年間の課税免除・労役停止では期間が短く足らなかったため3年間の延長をして合計6年間もの政策になりました。その結果、民の生活が富み、夕飯時に炊く米すらないという状況ではなくなりました。

食べ物ということにつながる政策をもう一つすることになります!
それが大規模な開墾工事です!この政策によって農作物のための畑や水田を次々と広げていき、食べ物を次々と作れる環境を整備しました!このことによって民の生活の改善が一気に進むことになりました。

こうして民の生活の改善のために自らも倹約することで民からの絶大な信頼を勝ち得ることになったのです!!

 

民からの感謝の意!

合計6年間の課税免除と労役停止が終了した後に傷んでいる宮殿の修復服を新調するなどの感謝の意を昼夜問わず行いました。

仁徳天皇が西暦399年2月7日83という年齢でなくなりました。

民は仁徳天皇の生前のことを忘れることなく死を悼み、その証として生前の大規模な開墾工事の時に出た土を盛り土として使用しました。この盛り土の量がどれだけ民のために動いてきたかの証であり、面積世界一という大きなお墓を作るに至った要因なんです!

人の上に立つものが自分の欲望を捨て民のために動いていた人が日本の歴史上にいたのだということが同じ日本人ということを誇りに思わない訳がないですね!!(天皇という立場なので同じといっていいかはわからないですが……..)

 

今の日本に足りないもの

今の日本の政治家に全くと言っていいほど足りないものが民のために動こうという姿勢だと思います。日本の歴史上にこんなにもお手本にしなければいけない仁徳天皇というお方がいるにも関わらず、自らの身を削ることなく保身ばかり考えている政治家には飽き飽きしますね!

海外の方のお話で「歴史から学ばない者は愚か者である」というお話がありました。私たち日本人も学校で教わる歴史だけでなく自ら歴史から学ぶ姿勢を私を含めて持たなければならないと感じています!

 

今回はこのへんでまたお会いしましょう!!